世界遺産への登録が待たれる﨑津(長崎の教会群とキリスト教関連遺産)について勉強してきました!

文化は海からやってきた!海が道だったころの物語
 -天草の南蛮文化と流通 崎津編

この講演のタイトルにひかれ、
先日、天草の歴史講演会に行ってきました。

「海が道だったころの物語」
さあ~、どんなお話しなのだろうと期待したながら会場へ。
ホールいっぱいの天草の人、人、人・・・
天草大好き!天草人がた~くさん集まっていました。

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講師は、京都府立大学准教授 東 昇先生。
ユニークな視点で天草に光を当てる歴史研究家、
近世の天草に関する論文をたくさん書いていらっしゃるそうです。
東先生はキリスト教の伝来から江戸時代の崎津の暮らしについて
お話をしてくださいました。

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天草にキリスト教が伝わったのは1569年、
ルイス・デ・アルメイダ神父によってもたらされました。
天草の豪族の目的はキリスト教の布教よりも南蛮文化にあったようです。
そのことをわかっていたアルメイダ神父は
貿易を提案するかわりに布教活動の許可を得ます。
そして布教の拠点・貿易の拠点として崎津を紹介されます。

「天草殿はアルメイダに崎津港、港の上の山も見せた。
そこは商品や船舶や商人の安全をはかるため、
一城を築きえるところであった。
2基の水槽と2門の小砲、小さな矢来を囲らしたことで
城の名を有することになり、一同多いに満足した」と
ルイス・フロイスによる「日本史」にあります。

天然の良港であった崎津はこうやって拓かれ、
海を介して世界とつながっていったのです。
続いて江戸時代の崎津の暮らしについてお話をしてくださいました。

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崎津は天草第三位の大きな漁港でした。
1732年の資料には
家の数はなんと104軒、人口1,448人(今より多い?)
網船持13軒、無高漁師91軒(漁師町であることが分かります)
船の数は、70艘、うち、商業用の船・3枚帆廻船が1艘、
漁に出るための2枚帆漁船69艘とあります。
そう、海は道なのです。道をゆくための船がたくさんありました。

石高は28石。
当時の1石は一人が一年に必要な米の量といいますので
28石だと28人しか生きていけなことになりますが人口は1,448人。
漁業が主体で穀物は他地域から買っていました。
当時、幕府におさめていた漁の運上銀は400匁、
天草全体の4分の1の額を崎津がおさめており、
いかに漁獲量が多かったかがわかります。
小鯛、いわし、カツオ、まんびき(シイラ)、アジ、
サバ、タイ、ブリなどが揚がっていたようです。
大規模な漁民集団を形成し、五島や平戸へ出漁、
崎津は天草第三位の活気ある港町だったそうです!

また、崎津へは海を介して西国各地から旅人や産物が到来していました
米や油、椎皮、網、麦など生活用品を仕入れ、
魚や、干鰯(ほしか)、鰹節などを売っていたようです。

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私が先生の講演の中で印象に残ったことがふたつ。
『崎津には宿が25件あり、滞在日数が平均20日間だったということ』
台風や風など自然条件による理由もあるのでしょうが、
崎津が旅人にとって居心地のいい場所だったのかもしれません。
江戸時代から崎津は「おもてなし」の気持ちに満ちた土地の証拠?
なんだか心があたたかくなりました。

2.jpg

もうひとつは『干鰯(ほしか)』
干鰯とはイワシを乾燥させた肥料のこと。即効性があり、
江戸時代の農業生産力の上昇に大きな影響を与えたそうです。
崎津の干鰯は「天草干鰯」といわれ珍重され、
西国に運ばれていたそうです。
天草が日本の穀倉地帯を支えていたのではないかと思うと
わくわくしてきました!

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『海が道だったころの物語』
天草人にとって「海は道である」ということを実感した講演会でした。
車社会で生きている私は海は行き止まりだと思ってしまいます。
でも天草の先人たちの暮らしを知るごとに、
海は隔てるものではなく、つなぐものだということを実感します。
天草人にとって今も昔も海は道なのです。

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五足のくつ&旅館 伊賀屋 支配人 中川亜紀
天草に移住して9年。『旅人のように暮らす』をテーマに天草リゾート暮らしを満喫中。天草がますます大好きになりました。 世界に誇るリゾート地・天草を知ってもらいたい! 遊びに来てもらいたい!  そんな思いを込めて記事を書いています。 仕事は、東シナ海に面した山の上に建つ全室離れ、 露天風呂付きの温泉旅館 『石山離宮 五足のくつ』&『旅館 伊賀屋』の支配人です。

世界遺産の登録が待たれる天草・崎津~海が道だったころの物語


2015.01.14

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